シン・春夏冬広場

楽しいことになんでもやっていこうっておもってますぜ。

下を向いて歩こう

上を向いて歩こうという歌がある。すき焼きソングと海外では呼ばれ親しまれている。日航機墜落事故で亡くなった坂本九さんが歌った曲だ。このときの日本は、敗戦を経験し、立ち直っている真っ最中。暗い夜道で涙を堪えながら歩く様と、幸せは雲の上にと希望を抱いている様子が想像できる。でも泣いちゃう。だって悲しいんだもんって。涙をこらえ、希望を胸に我慢する様は現代にも通じるところがある。

 

しかしだ。まともそうなのくだりからアホ話になって申し訳ないが、上には何もない。キレイなお星様だとか、まぶしいギラギラ太陽さんなんかはいるかもしれんが、上をポカンと見上げても、口の中に鳥のフンが落ちてくるのみである。上には虚空が広がり、上から得られるものはあまり多くない。いやもしかしたら、UFOとか見つけちゃって、ムーの世界で取り上げられちゃったり、レイリー散乱に関する新たな知見などは得られるかもしれない。ただその確率は極めて低いのである。

 

活路は下にあり。僕は下を向いてとぼとぼ歩いている。下を向いて歩くと様々な発見がある。最近なんかはヤマモモの身が落ちていて、そのとき初めて公園にある木がヤマモモであることを知った。

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今思えば、本当に下をむき続けた人生だった。あるときは山手線で現金25000円を拾い、またあるときはネジリ草を発見したりしていた。基本的に我々の視点は、多くの生物より高い。現在の街が我々に合わせて作られたこともあるが、猫や犬たちからしてみたら僕らはたいてい見上げる存在であり、僕らは常に下を向く。上を向くことなどほとんどないが、夏の暑い盛りに見る入堂雲だけは思わず下げた顔を上にむけてしまうのである。

 

下向きな僕はいつも低飛行だ。海面すれすれを敵に見つからないように、低飛行にてっする。騒がず、慌てず、誰からも見つからないように、しかしほっとくわけにもいかないように目立たずに生活してきた。前のめりなどという言葉は僕の辞書にはなく、前屈みが記載されているのみである。

 

下向きは良く悪い言葉で使われる。何故下向きというのは悪くて、ひたむきの友達じゃないんだと頭を抱えたものだ。下落するに代表されるように、下というのは負の変化である。人を見下す、人を下に見るというように負の感情を表すのにしばしば下という言葉が使われる。しかしそれほどに下は悪いものなのだろうか。よく前を向けだの、上を見上げろなどいうがそれほど前や上に何か特別なものがあるわけではない。あるのはプラスのイメージというあやふやなものだけだ。説明しろと言われると一気に汗が吹き出し、胸は高まり、呼吸が乱れてくる。おや。よくよく思い出すと、上昇側にも悪いイメージはあった。やはりあやふや。何故そんなに上を向きたがるのが、上というものに特別感を持つのかは僕には理解できない。

 

下を向いて歩こう。きっと新しい発見は前ではなく、上でもなく、あなたの足元にこそ広がっているのである。灯台下暗しとは良くいったものだ。おや?下にもプラスのイメージがあったではないか。