シン・春夏冬広場

楽しいことになんでもやっていこうっておもってますぜ。

仲間が辞めていくのはいつも雨降り

今朝は晴れていたように思う。天気予報も快晴だったが、昼くらいから天気が崩れ、シトシトと雨が立ち込めてくる。この雨が降るか降らないかのコンクリートのような匂いが立ち込める様が結構好きなのだが、こういったときに限ってあまり良い思い出がない。

 

かつて僕は犬を飼っていた。雌のゴールデンリトリーバーで、幼かった僕と一緒に大きくなっていった。彼女とともに眠り、彼女と散歩に出かけた。僕と彼女は姉弟のように育った。僕の方が年は上だったが、彼女に守られていたから、きっと彼女は姉のつもりだったに違いなかった。僕は1人で風呂に入るのが怖かった。誰かが後ろにいるような気がして、1人で入るのが本当に嫌だった。彼女についてくるように頼むと、彼女は嫌な顔せずついてきてくれた。彼女は雷が苦手だった。身体をブルブル震わせて縮こまり、1人では眠れなかった。トイレに行った時に彼女が逃げ込んでおり、ギラリと光った目を見た時は、漏らしそうになった。

 

彼女は徐々に生きる時間が僕から離れていった。年を重ねるごとに弱っていき、かつて美しかった毛並みは白くなっていった。足取りもおぼつかなくなり、病気も増えた。彼女は病院に入院した。もう帰って来れないだろうって言われた。彼女を最後に迎えに行った日はシトシトと雨が立ち込めていて、僕は彼女に置き去りにされた。いまでも彼女の最後に立ち会えなかったことを後悔している。

 

今日はかつてのそんな日に似ていた。昼ごろから天気が崩れ、シトシトと雨が立ち込める。そんな日に限ってお話があるんですがと、急に話を振られた。重要なことかな?僕は彼の顔色を眺めながら、話を聞く体勢になる。はい。それじゃあ、外にでも行こうか。ここでは周りに聞かれるかも知れないから。はい。

 

彼とは短い付き合いだが、とても仲良く過ごしていたように思う。きっとすでに僕のあずかり知らぬところで、ことは進行し、いまさら何を伝えたところで戻っては来ないんだろうなとそんなことを考えながら、歩いて行った。自販機で飲み物を買った。少し肌寒いので、暖かい缶コーヒーだ。

 

話って何かな。僕は本題を切り出す。実は会社を辞めます。…そうかぁ。そんな話じゃないかと思っていたけど、理由を聞かせてもらってもいいかな。僕は異動してきたのですが、前の仕事にまだ未練があって、同じ様なことが出来そうな別の会社に転職しようと思ってます。…そうかぁ。なかなかうちの会社で前の部署に戻るのは苦労するものね。それよりは辞めてしまった方が早いということかな。その通りです。すみません。いやいや、謝ることではないよ。非常に残念だけど、与えられた権利を使うだけだから。まぁ辞めないで欲しいっていうのが本音だけど、いまさら止めてもどうにもならないんでしょ?はい。…そうかぁ。ありがとう。教えてくれて。次の仕事でも頑張ってね。はい。

 

空はどんより、僕の気持ちもどんより。コンクリートのむせかえるような匂いが僕の肺に立ち込め、息苦しさを感じるほどだった。かつて生きる時間が別れたように、僕と彼の人生は交わりを無くしてしまった。