シン・春夏冬広場

楽しいことになんでもやっていこうっておもってますぜ。

炎上都市 ~「言葉狩り」異端審問官たちの跋扈する街~

※注 この物語はフィクションであって実在する団体、人物とは一切関係ありません。

 

15世紀頃の中世ヨーロッパでは「魔女狩り」が横行していた。「魔女狩り」の目的としては、諸説あるが、女性への差別や反ユダヤ感情、または政治の失敗へのスケープゴートとして使われたと考えられている。「魔女」という空想の化物を想定し、彼女らの呪いによって人々が貧しい生活を余儀なくされている。だから、「魔女」を根絶やしにしてしまえと考えるのは、想像に難くない。こうした魔女狩りを行う人物たちを「異端審問官」と呼んでいた。

 

僕はそんな文章を携帯で読みながら、電車に揺られる。今となっては、無関係な話だ。それが率直な感想だった。過去の悲しい出来事のひとつに過ぎない。

 

昔はこんな過激なことが平然と行われていた。そんな野蛮なことが行われていたのは、出版物が乏しく、いまよりも情報が手に入りにくかったからに違いない。現にガリレオニュートンが出てくると、人々の意識は代わり、「魔女狩り」という行為はなくなったとまとめサイトにかかれている。いまやすべての情報に瞬時にアクセスできるそんな万能感。わからないことは無いに等しい。

 

世の中情報がすべてだな。より多くの情報を収集できたやつが勝ち残るし、そこからオリジナリティのある情報を拡散できたやつがかっこいい。SNSのフォロワーを獲得することが、時代の趨勢を担っていく。

 

僕はそんなことを考えながら、学校に向かう。

 

ピピピッ!

ピピピッ!

携帯が激しく鳴り響く。なんだよやかましいな。携帯の画面を開く。

 

臨時ニュースです。東京新宿区で、覆面を被った集団が「言葉狩り」と称して、道行く人々に火炎瓶を投げつける事件が発生しました。繰り返します。覆面を被った謎の集団が、無差別に火炎瓶を投げつける事件が発生しました。お近くにいらっしゃる方は直ちに避難して、身の安全を確保して下さい。

 

おいおいおい。いままさにその新宿に向かってる最中なんだけど。物騒すぎるな。

 

ここ最近、世界各地でこの手の事件が増えてきている。「言葉狩り」と呼称されているらしい。反抗声明などはなく、要求がわかっていない。全員覆面をつけ、特定の誰かわからない格好で統一されている。政治家や、経営者など不用意な発言をした人に対して、どこからともなく現れては、火炎瓶を投げつけて去っていくようだ。死傷者も出ているんだけど、不思議なことに火炎瓶による死者はゼロ。火炎瓶を投げつかられたショックから自殺してしまう人が後をたたないのだとか。ちらほら逮捕されているやつが出てるとか、いないとか噂程度だ。警察は犯人特定に苦労しているようだ。政治家はお決まりのやつだ。遺憾ですってさ。何がイカンのかななんつって。投稿すると、瞬時に返事が来る。鮮度の高い情報を拡散出来る万能感。楽しい。

 

海外では早々に対策局が出来て、不用意な発言を監視するAIシステムを導入した。なんの略かはうろ覚えだが、PC監視システムというようだ。インターネット上で、不用意な発言に該当すると、瞬時にアカウント停止の上、発言を削除されるようだ。あまりにも機械的に発言を監視されるものだから、人権団体が表現の自由を取り戻せって抗議運動が連日ニュースになっている。

 

海外はいつだってことの騒動とはズレた議論を繰り返してるな。一部のエリート層が軒並み同じ考え方なんだろう。そんなことじゃない気がするんだけどね。

 

はじめの内はもの凄く議論されたり、ニュースになっていたけど、今となっては見慣れた光景の一部になって来ている。それでもニュースにはなるし、緊急連絡は入るようになった。扱いとしては災害に近い。

 

そんなことを考えながら、歩いて行くとあっという間に学校に着いてしまった。一限目は社会学の講義かな。教室に向かう。教室では今日の事件で持ちきりだった。SNS上にも散々書かれてるのに、よくそんなに話すことがあるなと感心する。

 

1組の男女が近づいてくる。

 

なぁ、リョウタ、聞いたか?今回の言葉狩り事件。アイドルの不倫が原因だってよ。不倫した相手は歌手でその2人のライムがネットに流れて騒動が起きて、事務所がやられたらしい。アイドルの方は無期限謹慎だってさ。

 

この馴れ馴れしいやつは、カズヤ。イケメンのくせに、お調子者で、わいわい騒がしいやつだ。リョウタっていうのは僕の名前。

 

わたしこの歌手好きだったんだけどなぁ。なんで浮気なんてしちゃうのかなぁ。でもアイドルの子可愛そうだよね。歌手の男の方には特にお咎めなしだけど、彼女の事務所は全焼なんだって。いつも女が酷い目にあうのよね。

 

彼女はミドリ。イムスタで人気が出てきているクラスいちの美人。僕も密かに憧れている。2人して僕を囲んでわいわい話を続けている。

 

カズヤもミドリもそろそろ授業始まるし、そんな不倫の話っていちいち盛り上がることかな。僕にはわからんのよね。その感覚。そんな文化人とは思えん人達の話の何が面白いのさ。

 

リョウタはこれだからと2人に言われる。その後の言葉は友達がいないってことだろう。僕は成績も顔も月並み。そんな僕に2人の人気者が友達だ。2人とはずっと楽しく過ごしたい。

 

一限目が終わったらまた2人と話し始める。

 

ねぇカズヤ。リョウタに伝えた方がいいんじゃないって、催促している。なんだ?

 

リョウタ。俺とミドリ付き合うことになった。これまで通り3人で過ごすこともあれば、俺とミドリだけで過ごす時間も増えていくことになると思う。3人で過ごす時間は少なくなるけど、俺たち親友だったし、祝福してくれるよな?

 

突然ごめんなさい。カズヤと私の問題だけど、こういうことはリョウタにも伝えとこうってカズヤが。

 

・・・突然のことで驚いたけど、そっか。2人仲よかったもんな。へぇ。そっかそっか。

 

内心非常に驚いた。え?どういうこと?2人はいつからそんな関係になっていたの?なんで一緒にずっといたのに、僕ばっかり気づいてないの?やっぱりミドリはカズヤみたいなかっこいい、面白い男を好きになるの?なんで、2人で話し合っていたの?僕は2人にとってなんなんだ。そんないろんな感情がぐるぐると渦巻いて、僕はその後2人が何を話しているのか理解できなかった。僕が理解できたのは鬱蒼とした。僕の中の仄暗い感情に気づいたばかりだった。

 

ミドリって僕のことなんとも思ってなかったのかよ。カズヤと私の問題って何だよ。僕は蚊帳の外なのかよ。僕だってお前のこと好きだったのに、なんで何も言わずにカズヤなんかと付き合ってるんだよ。僕に断りもなく!!

 

僕はいつの間にか、2人の後を付け回すようになった。なんで僕だけ仲間外れにするんだよ。カズヤのひと言、ひと言に腹が立つ。親友だと思っていたのに。その時、僕のバックの中に2つ。見たこともないものが入っていることに気づいた。1つは覆面。もう1つは火炎瓶だった。無性にこの火炎瓶を眺めていると、相手に投げつけたくなる。

 

覆面をつけると唐突に気づいた。火炎瓶を投げる相手を。わらわらとどこからともなく覆面をつけた人々が集まってくる。ムカつく。ムカつく。ムカつく。世の中すべてがムカつく。思い通りにならない人生、どうにもならない青春。そうした感情が浮かんでは消えていく。気づいたときには僕は火炎瓶を投げていた。

 

もーえろよもえろーよ炎よもーえろー。火の粉をまきあ~げ~、天まで焦がせ。