シン・春夏冬広場

楽しいことになんでもやっていこうっておもってますぜ。

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水面に映るゆがんだ太陽を見上げている。もう何年見続けてきただろうか。巻貝として、生を受けて数年になる。小さい時には、兄弟がおり、自分と同じくらいの大きさの仲間たちに囲まれて生活してきた。自分の殻と他人の殻を比べて、どちらが美しか、どちらの巻き方がより斬新かを競ってきた。

 

自分と他人はほぼ同じ者たちであり、大人たちに守られた安全な巣の中でぬくぬくと成長していた。兄弟が魚たちに食べられてしまうようなこともあったが、親の陰に隠れ、親の意図をくみ取り難を逃れてきた。そうした危機感を感じることなく、自分がおかれている状況を当たり前のように教授してきたのだった。

 

兄弟たちの中には、自分は魚以上になってやるだとか、二枚貝の中には巣を飛び出し、より広い水の中に飛び出してやるだとか息巻いていたものもいた。そうした貝たちは、飛び出したっきりついには帰ってこなかった。たとえ命を失っていたのだとしても、彼らが夢を叶えるために大きな世界に飛び出し、これまで見たことのない世界で面白可笑しく過ごしていたのかもと考えると、彼らの勇気に恨めしさを覚えた。

 

僕だってそうした勇気が少しでもあればと、自分の巻貝の中に触手をひっこめながら、うねうねと思案してはうじうじするを繰り返した。うじうじするといっても、もともと水のなかなのだから、じめじめしているのは当然で、水の中にいる限り自分のこの陰鬱とした感情を制御するすべが存在しないような気さえしていた。

 

成長してくるにつれ、巻貝の仲間や二枚貝たちは1人、また1人と数を減らしてきた。かつて一緒にいた仲間たちはちりじりになり、最近では便りをもらうことさえすくなくなった。ときたま風のうわさで、魚に食べられて死んだとか、大きな成功を収めて巣の長のような立場になっただとか聞いた。

 

僕はかつての巣から少しだけ離れた場所で、変わらないような生活を続けている。いつだってじめじめした気分で、うじうじ悩む日が続いていた。結局のところ自分がどうなりたいかなんて、何を見たらわかるっていうんだ。彼らの決断をバカにする一方で、何も決められない自分に心底腹が立っていた。腹が立つもんだから、余計にバカにしたくなる。あいつの考え方は誰かの利益をかすめているだけだの、すでにその考え方はだれそれがやっただのそうした暗い感情を原動力に、自分の変わらないことを正当化した。そうした陰険な考え方が、殻に伝わるのか自分の殻がどんどん堅牢な牢獄のように重く感じるようになってきた。

 

大人になるにつれて、所帯を持つに至った。小さいがきれいな巻貝を持つ子で、触手は凛と大きく、まっすぐに伸び、頑固者だが思いやりの深い雌だった。子供を授かり、自分がさも大人の仲間入りを果たしたかのようなある種の達成感に高揚した。光があるところに影が差す。高揚した感情の陰に潜む、ほの暗い感情に目を向ける。ますます自由が利かなくなり、子供の成長を喜ぶ一方で、自分が巻貝としての人生をある意味おわりを迎えているのではないかという焦りと、恐怖におののいた。そうしたものだから、自分の殻はますます堅牢になり、頑強になっていく。家族を守るために殻を強くするのは当然なのだが、いっぽうで億劫なことがますます増えてきた。ますます触手をうねうね波立たせては、考えがまとまらない日々を過ごす。

 

自分がいったい何になりたいのか、どうしたいのか、ほかの巻貝の真似がしたいのか、生きたいのか。そうした当たり前にわかっていたことすら、わからなくなっていた。いや、当たり前にわかっていたことは、実はわかっていなくて、何も考えずに生きてきたのだと後になって知った。

 

川にはヤゴがいる。彼らはある日突然わいてきたかと思うと、手当たり次第に食い散らかし、去っていく。大人になって彼らが、トンボという虫になることを知った。かっこいいなと思った。がむしゃらに生きるために食い荒らし、どうもうに己の血肉に変え、ある日を境にトンボへと羽化する。決死の覚悟を持ってトンボになり、生活圏を拡大させる。透明な4枚の羽根を羽ばたかせ、秋の空を真っ赤に染める。たとえ他の狩人たちに捕食されようとも、自らの意思で空を目指し、空へと散っていく。その様をなんどか眺めているうちに、そうか僕はトンボになりたいんだと知った。トンボが太陽に向かって飛び去っていく様を見て、僕はようやく自分のやりたいことを知った。

 

 

 

まった今度をおっ楽しみに~。ばぁい。