シン・春夏冬広場

楽しいことになんでもやっていこうっておもってますぜ。

【書評】 文学って作者と読者の信頼関係だよね

 

 

 

僕はこれまで色んな本を読んできた。確かに読んできたつもりだった。でもいつしか本の中身は、僕の両手からこぼれ落ち、どこか遠い場所に旅だってしまう。これまでそれが普通だったし、特に気にしたことはなかった。

 

嘘だ。僕はずっと気にしていた。本当は僕の両手からこぼれ落ちる言葉をいつも広い集め、飲み込んでいた。何度も何度も。繰り返しその言葉の意味を理解することなく、飲み込むことに多くの時間を費やしていった。読む量が多くても、それは結局僕から離れていくことを望んでいた様だった。今日もまた、別の誰かの元に巣立っていく。僕はそれを引き止める手段がなかったんだ。どうしていいかわからなかった。集めても、集めても、常に僕の両手からこぼれ落ちていく。

 

引き止める手段が必要だった。読んだふりしたけどぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法に出会った。必要と感じているものにはいつだって手を差し伸べる存在が確かにいる。

 

文学作品の読み方は、秘伝のタレをうなぎにかけることだ。タレを知らなければ、うなぎはまずい。そのタレの作り方が本書に書かれている。タレのひとつを紹介すると、メタファーを理解すること。メタファーとは比喩表現のことだ。特に違和感を持った部分や、意味不明な言葉で綴られているものほど、その内容を理解することに意味があることを作者が語りかけている部分になる。

 

文学作品は作者と読者の信頼関係の元成り立つ。きっと違和感のあるこの言葉には何か意味があるに違いないとか、違和感のある文章に意味があるに違いないとかを悟らせる様に、文学作品は作られている。そのため僕の吐き出すゲロとは違い、ひとつひとつの言葉に意味がある。意味がなくては困る。そういうふうに出来ているし、解説している人達もいる。時にはそういった答えを見ながら、文学作品が僕らに訴えたいことを理解した方が楽しい。ときには逆手にとって、信頼関係を崩す様に騙して来たりするわけだが、それこそコイツは騙すに違いないと予防線があれば、それは信頼関係に変わる。なぜならあらかじめ嘘をつく可能性が高いことを予告しているのだ。それは本当のことを言っているのと変わらない。

 

これまで名作と言われて読みはしたが、生臭いうなぎを僕はようやく口に出来るようになったんだと思う。訓練は必要だが、本書の秘伝のタレの作り方を参考にしながらうなぎをおいしく食べる方法を考えていきたい。

 

本書の中では初めに文学の読み方を解説する部分があり、その後20作品をどんな視点に気をつけて読んでいったら良いかが、書かれている。今話題の三体から源氏物語などの古き良き古典にいたるまで、読み方を解説している。読み方にはパターンがあるようで、筆者は大学院にいた際にその秘伝のタレを入手した。コツがわからないと、いくら時間をかけても理解が及ぶことは少ない。それより、可能な限り内容を吸収し、とっとと秘伝のタレを盗んだ方が手取り早くうまいうなぎが食べられる。焼き方をいくら工夫したところで、タレがないと始まらない。

 

みんなで美味しいうなぎをたらふく食べよう。

 

 

まった今度をおっ楽しみに~。ばぁい。