日光市には様々な場所が観光として有名です。雄大な渓谷である龍王峡、雄大な牧場霧降高原、奥日光に続くいろは坂、中禅寺湖、日光二荒山神社、日光富士ともいわれる栃木の霊山男体山、天然の天体観測所戦場ヶ原。そして栃木としては忘れてはいけないのが、世界遺産であり国宝である日光東照宮です。
日光東照宮へ行くには、日光駅の側にある駐車場に止めてから伺った方が楽しいと思います。街中を散策しながら、日光金谷ホテルを眺め、徐々に東照宮へと向かっていく道のりが楽しいです。電車で行く場合は日光駅下車ですから、そのまま歩いて向かうのが楽しいと思います。
金谷ホテルの側に神橋【しんきょう】という美しい橋があります。この橋は遠いですが、日光二荒山神社が管理しています。私がちょうど伺った際に結婚式が挙げられており、ちょうど着物を着た夫婦が橋を渡っていました。
乳の木(ちのき)と呼ばれる橋桁を両岸の土中または岩盤中に埋め込み、斜め上向きに刎ね出し、その先端を石製の橋脚で支持するという珍しい工法でできており、重要文化財指定を受けた橋の中では唯一採用されている工法である。神橋を架け替える際、乳の木を取り除く儀式を「外遷宮」、新しい橋桁を架ける儀式を「正遷宮」といい、社殿を造り替えるのと同様の厳格な神事を執り行う。また橋が竣工すると、最初に葦毛のウマを渡らせる。神橋には橋姫明神を祀り、橋姫明神が縁結びの神とされることから、日光二荒山神社で結婚式を挙げた夫婦は神橋で渡り初めを行う。
とのことなので、この夫婦は日光二荒山神社で結婚式を挙げていたんですね。こちらの売店にて御朱印をいただくことができます。
澄んだ川の美しい眺めを見つめ、神橋を眺めて、日光に来たんだなぁという感慨深いものを感じます。ここから登山が始まりますが、玄関口から入るルートになります。もう少し奥の方から上がっていくルートもありますので、自信がない場合は、日光駅を背後に右手側が駐車場、左手側が奥へと進むルートになりますので、そちらから登っていくことをお勧めします。
入口に差し掛かると世界遺産の記念碑があります。まずはこちらで記念撮影でもいかがでしょうか。ここから登山に入ります。登山といっても緩やかな山道を登っていくだけなので、男体山ほど険しくはありません。
かなり割愛しますが、私がうかがった頃はまだ輪王寺は工事中でした。そのため、写真がないのですが、登山をしながら、輪王寺、三佛堂をとおってから、日光東照宮の鳥居が見えてきます。すべてを回っていると時間がまったくなくなってしまいますので、東照宮をまずは見ましょう。非常に大きな参道を通って東照宮へと向かっていきます。
東照宮の初めの鳥居を抜けてまず出迎えてくれるのは5重の塔です。美しい壮大な見た目ですが、4層目と5層目の屋根を支えている柱の付き方が違います。これはなんでなんだろう。1層から4層までは同じなんですが、5層目だけ斜めに見えますね。
また5重の塔は懸垂式という柱の立て方を採用しているので、中央に位置する重量を支えるはずの柱が浮いている状態になっています。そのためこの柱はほかの重量を支えるための柱ではなく、地震などが発生した際に振動を減衰させる役割があったのではないかと考えます。調べていくと東京スカイツリーも同じように、心柱を用意して、同じような構造を採用しているようです。昔の建築様式ですが、現代でも通用するような技術が盛り込まれているのは誇らしいですね。
5重の塔を通り過ぎると右手側に校倉造の倉庫が見えてきます。社会の授業で習ったかもしれませんが、実物を東照宮では見ることができます。湿度管理がうまくできるように高床式倉庫になっております。
画面中央に陽明門が見えてきます。
左手奥の建物には有名な3猿のレリーフが入っています。見ざる聞かざる言わざるです。きれいな着色がされていて、美しいですね。
3匹の猿というモチーフ自体は古代エジプトやアンコールワットにも見られるもので、シルクロードを伝い中国を経由して日本に伝わったという見解がある。『論語』に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)という一節がある。一説に、こうした「不見・不聞・不言」の教えが8世紀ごろ、天台宗系の留学僧を経由して日本に伝わったという。三猿のモチーフは、庚申信仰の伝播とともに近世以降広く用いられるようになり、主尊の青面金剛を描く際、その足元に三猿が添えられた例が多い。また庚申塔にも多く三猿が彫り込まれている。天台宗は比叡山の鎮護社の日吉大社と密接な関係にあり、日吉大社を本尊とし、猿を神使とする山王信仰が、庚申信仰と習合した結果ともいう。三猿以外にも猿の彫刻は8つあり、8つの彫刻は誕生から出産までを表している。
とあるため、3猿自体は日本が発祥というわけではなく、論語や儒教を通じて日本に入ってきたと考えるのが自然です。日本最古の学校である足利学校も栃木にあり、こちらは儒教を教える学校だったので、あながちおかしな推定ではないかもしれません。
いよいよ東照宮の顔といえる陽明門です。陽明門は工事が完了し、白い漆喰がきれいに舗装されています。陽明門の中には屈輪文(ぐりもん)というのがあります。
屈輪文(ぐりもん)の地の上に丸文を散らし、丸文の中には鳳凰、孔雀、二つ蝶、竜、象、虎、牡丹などを表す。12本の柱のうち1本(背面西から2本目)のみは屈輪文が上下逆さになっており、「魔除けの逆柱」と称されている。また、建物を全て完璧に完成させるといずれ崩壊するという言い伝えから、一箇所だけわざと完璧にせず、崩壊を防ぐという意味もある。
そのため柱の1つだけ上下さかさまになっている箇所があります。こういったものを事前に知っておけば、その写真を準備したんですが、確認してないので、探してみてください。
屈輪文(ぐりもん)とは白くてわかりにくいですが、柱についている三つ葉のような文様のことです。どこか1柱だけ、その模様がさかさまになっている箇所があるようです。
見た目は派手そのもの。非常に美しい装飾と彫刻で彩られています。金箔があしらわれており、贅沢を極めた作りですね。
龍といえば鳴き龍が有名ですが、陽明門にも龍の絵が描かれております。門を通り過ぎる前に上を見上げてみてください。龍の顔を拝見することができます。
陽明門を通り過ぎるといよいよ拝殿です。こちらも非常にきれいな装飾でいろどられており、贅の限りが尽くされております。彩も賢覧です。右手奥から入ることができます。
徳川家康公のお墓がさらに山を登った奥地にあります。しかしながら、墓前であるため、写真はありません。かわりにその中に入る際に撮影した眠り猫をご覧ください。
ご存じの方もいると思いますが、猫の裏には雀の彫刻があり、猫が眠っていれば雀は食べられない。転じて平和への願いが込められているといわれております。この奥に進んでいくと、徳川家康公の墓前になります。道のりは長いですが、ぜひ訪れてみてください。
ちなみにですが、陽明門の側に柱にお尻をこすりつけている狛犬がいるので、こちらもぜひ見つけてみてください。マイフェイバリット狛犬です。
行き方
日光東照宮の駐車場は非常に混雑します。朝早くに伺うか、日光駅の側に有料ですが、駐車場がいくつかあります。そちらに止めることをお勧めします。東照宮より先に進みたい場合は高速道路を使って東照宮はエスケープしましょう。渋滞がひどいので、まったく身動きできないです。抜け道もほぼありません。

まった今度をおっ楽しみに~。ばぁい。